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日本の庭園





醍醐寺 三宝院


 
 
 
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こころに響く庭 醍醐寺 三宝院

 

 

三宝院の庭には、夥しい数の石がある。

この寺を訪ねたのは '96年の初秋であったが、
回覧路となっている書院回廊から眺めた庭は
石だけが目立った。 全体として抜けめの
ない庭なのに、何か余韻がないのである。

1年、2年と経ち、ふっと頭の中を三宝院の
庭がよぎることがあった。 何だろう。

 

 
< 三宝院 庭園(参観パンフレットより写真引用)>

 
 

何度目か 三宝院の庭が頭の中をよぎって
行った時、それが急に理解できた。
三宝院の庭は、書院の中から眺めるように
造られていた。

開け放たれてはいるが 光が十分奥まで届か
ない表書院の板の間に静かに座し、回廊の
欄干越しに眺める庭園の姿を思い描いてみた
のである。 するとそこに、まぎれもない
庭の佇まいが浮んできた。

 

それほど広い庭でないにも係わらず、池の奥を
覆う木立の植え込みが、明快に視界を受け止
めてくれている。 夥しかった石は、庇と回廊
が作り出す上下の闇の間で、みごとに
庭に溶け込み、微妙な均衡を保っている。
書院から眺めるこの庭には 曖昧さが
まったくない。

人がその中に立ち入ることを なんなく受け
入れてくれた桂や修学院の庭と較べると、
三宝院の庭は 見る人の感情がその中に立ち
入ることを拒絶しているように思える。
「書院から眺めよ」と云わんばかりの庭である。

と、そこまで考えた時、この庭に全く良く
似た庭があることに気付いた。
龍安寺の石庭である。

いずれの庭も限られた空間の中に、みごとな
世界を繰り広げている。 そこに曖昧さは
みじんもなく、こちらが余韻に浸ることを
許してくれない 気高い姿がある。

 

共通の思いを抱かせる2つの庭であるが、
これらの庭を並べた時、私は 三宝院の庭の方
が好きである。 年齢のせいかも知れない。
ただし 私が庭の所有者であれば、三宝院の
池泉に 鯉は放たない。

 


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